深夜二時、夜の街。
周りに人は誰一人としていない。そんな中でアタシは一人、闇と同化しながら歩いていた。
昼間は活気溢れるこの商店街も、今は静かな闇に包まれていて。
そこを抜けた時、一人の青年と出くわした。
歳は見た感じで25、6くらい。特に気にすることもなく、横を通り過ぎようとした。が、
「そこの君、止まりなよ。」
突然声をかけられ、言われるが儘に立ち止まる。
...もっともこの場合、驚いて止まってしまった、と言う方が正しい気もするが。
「君のことだよね、≪不死身の黒猫≫って。」
「な、何で知って...。」
≪不死身の黒猫≫と云うのは、かつて“人間兵器”として利用されていた頃の通り名だ。
ちなみに由来だが、不死身の部分は言葉通り、遺伝子の改造の過程で、ある程度にまで成長すると不老不死の身になるから。
そして黒猫の部分は、常に猫耳の付いた黒いパーカを着ていたから。
施設を出た後は本名ではないものの別の名前を使っているし、周りにいる仲間や事情を知っている人々も、皆この頃の名は使おうとしない。だから、聞くのはすごく久しぶりだった。
「どうやら当たり、みたいだね。」
「確かにアタシのことだけど。その名前で呼ばれるの嫌いなの。今のアタシには柩(ひつぎ)って名前があるから、そっちで呼んでくれると嬉しいんだけど。」
「別にいいよ。短い方が呼びやすいし、柩って呼んであげる。
それより柩、君の能力を僕に貸して欲しい。」
「アタシの、能力?」
「そ。君の右目は、見た相手の過去を覗くことができるんだろう? その能力を貸してくれると嬉しい。」
確かに眼帯の下にあるアタシの右目には、複数の能力が備わっていて、その中の一つに見た相手の過去を覗くと云うものがある。
「貸してあげてもいいけど。それなりの代償を求めても良いのかしら?」
「僕にできることならね。」
「じゃあ......
アタシの食料になりなさい。」
「食料、かい?」
「そうよ。アタシの体内にはヴァンパイアの遺伝子も組み込まれてて、その影響で人間の鮮血を吸わなければ生きていけない体になっちゃったのよ。」
「だから僕に血を捧げろと。
良いよ。栄養不足で倒れられても困るしね。」
「じゃあ契約成立ってことで。」
「なら僕の家に来なよ。契約期間中は泊めてあげる。ついてきて。」
そう言われてアタシはく青年の後について行く。帰る場所がないわけでもないが、いちいち移動するのも面倒だ。ここは大人しく彼の家に泊めて貰う方が良いだろう。
「...そういえば、貴方の名前、まだ訊いてなかったわね。教えてくれない?」
「脩(しゅう)、だけど。」
「ふうん...。とりあえずよろしく、脩。」
アタシがニコリと微笑んで言うと、彼も微笑をこぼした。
―――――こうしてアタシ達の関係は始まった。
この関係が偽りだと、彼は知らない儘......